よそンちの食卓はつらいよ【新保信長】「食堂生まれ、外食育ち」41品目 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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よそンちの食卓はつらいよ【新保信長】「食堂生まれ、外食育ち」41品目

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」41品目

 

 やむなく(というとアレだが)鍵谷家の食卓にお邪魔する。鍵谷さん、奥さん、小学生の息子さん、そして私。アウェイ感満載である。当然のように酒を飲もうとする鍵谷さんを「まだ原稿残ってるんで」と制止するも、「ちょっとぐらい大丈夫だよ」と飲み始める。これだから原稿が遅れるんだよ、と思いつつも口には出さない。息子は息子で「誰だよ、こいつ」という目でジーッと見ている。

 ……ああ、早く帰りたい。そう思った私を誰が責められよう。あらかじめ予定された食事会のような席なら、それなりの心構えもあるし、ホストとゲストという役割分担もあって、少しはハレの空気がある。しかし、こういう完全に日常の食卓に、家族以外の人間が突発的に紛れ込むのはお互い違和感しかないだろう。

 そしてもうひとつ面食らったのが料理である。カキのソテー、カキのグラタン、カキフライ……とカキ尽くしメニュー。「いや、実家からいっぱい送られてきてさぁ」と言う鍵谷さんは広島出身なのだった。カキなんて、そんなにいっぺんにたくさん食べるものじゃないだろうと思うのだが、広島ではこのぐらい普通なのか。

 そういえば、学生の頃に福岡出身の山田(仮)の家で何人かで飲んでいたとき、そいつが「実家から送られてきたんで」と明太子を出してきたことがあった。立派な丸ごとのブツが数本、みっちり箱に収まっている。これは酒の肴には最高だ。じゃ、遠慮なくいただきまーす――といっても相手は明太子である。私を含め、みんなは箸でチビチビつまみつつ酒を飲む。 

 ところが山田は、丸ごと一本の明太子をむんずとつまみ上げると、そのままかぶりついて一口で半分ほどを食べてしまったのだ。これには一同驚愕。明太子って、もっとチビチビ食うもんじゃないの? そう問われても山田は平然とした顔で「ウチじゃ普通やけど」と言う。さすが福岡出身者は明太子レベルが違う!と感心したが、それが福岡の一般常識なのか、そいつの家だけなのかはわからない。

 それぞれの家の食卓には、その家ならではの普通がある。味付けや量もそうだし、調味料のラインナップもそう。子供の頃は、夏休みに1週間くらい田舎(石川県の両親の実家)に送り込まれていたが、その食卓もカルチャーショックだった。特に父方の実家は農家で3世代同居だったため、大人数で囲む食卓に大皿に盛られたおかずが並ぶ。普段は自分ちの食堂のカツ丼やカレーライスや焼き魚定食なんかを食べている身からすると、切っただけのトマトが山盛りになってるのとか、意味がわからない。そのトマトがまた青臭くて子供の舌には合わなかったが、今なら野趣あふれる味と感じるのかもしれない。

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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